小樽市立朝里小学校へようこそ!

 明治9年に開校し、146年の歴史をもつ小樽市内・後志管内で一番児童・生徒数が多い大きな朝里小学校へようこそ!

 本校は、小樽市東部の朝里川沿いの朝里川温泉地区・新光地区、朝里海岸に面した海岸及び高台部分の朝里地区、東側斜面の宅地造成で拡がった新光町地区が校区となっています。

 豊かな自然にあふれる地域で、朝里川、朝里川温泉、スキー場、朝里川ダム、朝里海岸は、豊かな体験を与えてくれる地域です。

 地域住民の鄕土朝里への思いにあふれた地域愛は、年間を通じてお祭り等の様々な地域行事や子どもたちを見守るボランティア活動として具現化されています。

 子どもたちに豊かな学びを与えてくれる地域の学校・子どもへのあたたかい思いにあふれた学校です。 

 

 

校章

【校章】 昭和に初めに制定された

 

夜空に位置を変えずに輝く北極星

その北極星の輝きを自分の研鑽の目標にし、

月桂樹は、勝利と平和の象徴を表し、中に朝里の二文字を配している

地域及び学校の概要

 【地域及び学校について】
 朝里小学校は、小樽市の東部の平坦部にある市街地の中心にある学校である。
 本校区は、日本海に流れ出る朝里川が作り出した平坦部にあり、3方を山々に囲まれ奥部には朝里川温泉やスキー場があり、日本海に面した北側には、海水浴場があるなど自然豊かな地域である。札樽自動車道のインターチェンジもあり、道央へのアクセスもしやすい地域である。
 明治初期は、海岸付近に漁業にかかわる人々が多く暮らしていたが、次第に農地として解放された高台の山側にも人が多く住むようになり、小樽市の中では珍しく平坦部が多いこともあり、昭和30年以降、住宅地及び工場地域として栄え人口が増えていった地域である。現在も、周辺の斜面に宅地が造成されたり、大型店舗が増えるなど賑やかさが保たれている地域である。地域の南側の朝里川周辺は、工場等が多い地域となっている。
 朝里海岸付近は江戸時代末から漁業が盛んに行われ、戊辰戦争後、朝里で生活することになった元武士が寺子屋を始めた。それが、この地域での教育の始まりである。明治9年、海岸部において朝里教育所として本校の歴史がスタートした。以降、朝里学校→朝里尋常小学校→朝里国民学校→小樽市立朝里小学校となってきた。
 明治以降、高台に多くの人々が住むようになり、明治42年、現在の朝里十字街に2番目の校舎が建てられた。昭和15年には朝里村が小樽市と合併し、更に児童が増え、昭和26年、現在の場所に校舎が建てられた。火事による全焼を乗り越え、現在に至っている。
 令和2年春には閉校した豊倉小学校と統合し、新たな学校教育目標が制定された。現在、市内及び後志管内で一番児童数の多い小学校である。
【学校概要】

開校  明治9年開校 開校146年目 

開校記念日 11月1日

所在地  〒047-0152 小樽市新光2丁目6-1       TEL 0134-54-6414 /FAX 0134-54-6423

学級編制及び児童数(R4年9月5日現在)
    通常学級 18学級  特別支援学級 5学級    男子 255人 女子 285人  計540人

職員数(R4年9月5日現在)
    道費負担教職員・時間講師等 39人    市費負担職員 9人   計 48人

 

校歌

【校歌試聴】 ⇐校歌を試聴できます。

朝里小学校 校歌

             作詞 小林 広

             作曲 武田 晴三

一、明治の光 さしそめて

  古き器に 新しき

  教えを盛りし 朝里校

  これ 我が学校(こう)の 標しなれ

 

二、大空広き 高台に

  日本海を 見下ろして

  永久(とわ)に栄ゆる 朝里校

  これ 我が学校の 誇りなれ

 

三、南の屋根(おね)の 雪消えて

  流れも清き その調べ

  共に謳(うた)わん 朝里校

  これ 我が学校の 誉れなれ

応援歌

【応援歌試聴】 ⇐応援歌を試聴できます。

 

朝里小学校運動会応援歌
一 みなみにきよき あさりだけ
  おおうなばらを みおろして
  てんさんゆたかな たかだいに
  いさみたちたる わがせんしゅ
二 ごうほうてんを つらぬけば
  てんまくうを かけるごと
  ぜんりょくあげて しっくせば
  がいかはあがる わがせんしゅ

 

学校の歴史

【学校の沿革】 
明治9年7月  朝里教育所開設を願い出た。

    8月  教育所開設が認可された。(朝里村17番地 校舎35坪)

     11月  朝里教育所開所式を挙行した。

明治10年9月 教育所が改称されて小樽量徳学校朝里分校となった。

明治14年2月 朝里学校と改称した。在籍児童54名

  19年9月 隣家からの出火で本校も類焼した。

明治20年4月 小学校令が施行されて、朝里尋常小学校と改称した。  6月 新校舎が落成した。

明治42年11月 山の上(新光77番地 前の位置)に校舎を新築した。

大正9年10月 明治21年以来32年間勤続の町田外也校長が逝去。

大正15年5月 故・町田外也校長頌徳碑の建碑式挙行した。

昭和6年11月 片岡秀氏より校旗が寄贈された。

昭和10年11月 創立60周年記念式を挙行した。 職員3名、学級数3、児童数195名。

昭和15年9月 朝里村が小樽市と合併した。  小樽市朝里尋常小学校と改称した。

昭和20年7月 小樽空襲で学校にも被害があった。

昭和21年9月 朝里国民学校後援会が創立された。 11月 創立70周年記念式を挙行した。
       オルガン1台を記念品として購入した。 

昭和23年10月 2教室、調理場、休養室を増築完成した。12月給食施設が完備した。

昭和26年2月 白亜の新校舎が完成し移転した。

昭和27年11月 校舎が全焼し、朝里中学校で授業を行った。 朝里小学校再建期成会が発足した。

        ピアノを購入(一部をPTAが負担)した。

昭和28年11月 新校舎が完成し移転、新校舎落成記念式を挙行した。

昭和29年2月 校歌を制定した。

昭和30年10月  創立80周年 記念式を挙行した。  学級数8、児童数350名

昭和42年10月 鉄筋校舎の増築が完成した。

昭和51年10月 創立100周年式典を挙行した。

昭和58年4月 30学級、児童数1156名。

昭和59年12月 第3期工事、屋内体育館が完成した。

昭和60年1月 校舎増改築落成記念式を挙行した。

昭和61年6月  開校110周年記念大運動会を開催。航空写真を撮影。

平成8年11月  開校120周年記念式・祝賀会を挙行した。

平成9年10月  生涯学習「あさりループ広場」を開催した。

平成18年10月 開校130周年記念集会開催。

平成20年10月 ホームページ開設する。

平成22年12月 耐震補強工事を終了する。

平成24年9月 遊具をグラウンドに設置する。(チェーンネットクライム)

平成26年2月 国立教育政策研究所教育課程調査官来校

平成27年11月 北海道地域連携研修 朝里小学校公開研究会

平成28年11月 開校140周年記念式典

平成29年11月 北海道地域連携研修 朝里小学校公開研究会

令和元年 6月 豊倉小との統合へ向けた統合協議会発足

令和元年 8月 パソコン室にタブレットパソコン40台設置

令和元年11月 公開研究会開催

令和2年 3月 新型コロナ感染症感染防止へ向け臨時休校(市内全小中学校)

令和2年 3月 豊倉小学校閉校

令和2年 4月 統合朝里小学校としてスタート、教育目標改訂

令和2年 4~5月 新型コロナウィルス感染症の感染防止へ向け臨時休校(市内全小中学校)

令和2年 6月~ 学校再開・運動会中止➡学年毎にミニスポーツフェティバル、発表会➡学年毎に学習発表会として開催

令和3年 3月 校内Wi-Fi環境整備、タブレット端末全児童分及び充電格納庫整備

令和3年 4月 コミュニティースクールとして始動

令和3年 5月 タブレット端末全児童本格活用開始、オンライン学習体制